ケニアと日本をつなぐサイザル物語

~ある女性企業家の視点~

サイザルでござる。~狂言とサイザルの意外な接点を考えて~

皆様、こんばんは。

マーケティング部のひかるです。

 

先日、部屋を整理していたところ、

大学1年の夏に書いた短い論文が見つかりました。

その名も:

「狂言が現代で生きる笑いとなるための工夫のあり方に関しての考え」。

 

中を読むと「てにをは」や文法に難あり・・・

恥ずかしくなるほど偉そうな文章。

ところがそんな文でも、今の仕事につながる大事なヒントが隠されていました。

 

「伝統」というのはときに厄介なものです。

アンバーアワーの取り組みについて説明すると、

時々「伝統を守っている」と解釈されますが、

実はそれは違います。

伝統的に使われている素材を使いながらも、

伝統とは違う手法を用いて、球体から平面への移行という

革新的な方向に進んでいます。

(この過程や詳細についてはこちらまで!)

 

では、伝統を変えようとしているのか?

と問われると、これも違う。

サイザルバッグに魅力を感じ、

その産業を発展させたいという思いを

「伝統を変える」と称されるのもしっくりこない。

 

その表現について悩んでいるときに見つけたのが、

若き日の論文でした。

 

当時、和泉流の野村萬斎さんが一大ブームを引き起こし、

狂言に新たな風が吹き始めていました。

客席に若い、狂言初心者の客が増えたため

演目の事前説明や電子掲示板の使用、

「スーパー狂言」の取り入れなど

様々な試みがなされていました。

狂言の生き残りを掛けた試行錯誤。

この動きを必要と考える方々がいる一方、

評論家や狂言師、そして古くからの狂言愛好家の間では批判も広がりました。

「古典芸能が破壊されている」

「本来の狂言の美しさが失われつつある」

と21世紀の狂言に対し異を唱える声が数多く上がったのです。

 

私もちょうどその時期に狂言に魅せられた一人で、

現代の狂言の試行錯誤が果たして伝統を壊しているのか

論文を通じて検証してみました。

 

具体的な議論については何時間も話せるので控えますが・・・笑

(ご興味のある方は是非ご一報を!)

その時の調査で私が考え、そして今でも信じているのは、

伝統は生き物である、ということです。

 

2001年に能楽はユネスコにより「世界無形文化遺産の傑作」と認定されたのですが、このことに対し、能狂言研究者の小林責氏が著書で次のように書かれました:

「能楽が(中略)指定されたことは大変喜ばしいことなのですが、ただ『遺産』というのが気になります。昔から伝えられた大切なものー古い遺物といった感じがするからです。たしかに能楽は室町時代に生まれ、約六百年の生命を保っています。しかし、古いから尊いのではありません。現代に生きているから貴重なのです。」

 

古い型をそのまま残してきたのではなく、

本質を大事にしながらも

この600年の間に時代と共にさまざまな工夫がされ、

新たな表現を取り入れ、いくつかの表現を捨て、

そして今もなお進化を遂げているからこその魅力。

(大切な本なのでオーダーメイドのブックカバーを掛けようか検討中です)

 

サイザルの織り産業は最高でも200年の歴史で、

能楽には遠く及びませんが、それでも似たようなことが言えるのではないかと考えています。

私たちがその立役者となれるかはまだ分かりませんが、

織り機の導入という種をまいたことにより、

サイザル織りの商品や企業が増え、産業として発展していけば

面白い歴史の布が織り上がっていくのではないかと思うのです。

 

と、随分とスケールの大きいことを申しましたが、

(論文が偉そうになるわけですね・・・)

長いサイザルの歴史の中で、

まだ小さな小さな点である私たちの動きが

途切れない線になるのを見届けたい。

そんなロマンに思いを馳せる日々です。